作品集原稿 v1

2020/12/15

函館市南茅部支所 地域福祉バス 縄文ラッピングのデザイン

Client:函館市教育委員会
Art Director:木村健一
Designer:西山凜太郎
Illustrator:小松裕奈

要旨

 本作品は、「北海道・北東北の縄文遺跡群」が世界文化遺産に制定されることをめざして、函館市の縄文遺跡である「垣ノ島遺跡」と「大船遺跡」をPRするためのバスラッピングデザインである。見た人が縄文に興味を持ち、当時の様子をイメージし、理解することを助けるような、縄文の世界とのインターフェイスとして機能するようデザインした。クライアントである函館市とデザイナーの筆者らだけでなく、縄文の専門家にもデザインチームに入ってもらい、それぞれの専門知識を生かしてかたちづくるデザインプロジェクトを実践した。新型コロナウイルスの影響で、対面してのコミュニケーションが難しい状況の中、円滑にコミュニケーションを取るための道具として、デザインプロセスを記録し、共有するシステムのデザインもおこなった。縄文の専門家とのやり取りやデザイナーの試行錯誤の中でかたちづくられていったデザインプロセスを示す。

  1. 作品の内容
    1. デザイン・プロジェクトの概要

 本作品は、「JOMON DESIGN PROJECT (JDPR)」の成果物の一つである。JDPRとは、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産登録推進のためのデザインプロジェクトである。プロジェクトメンバーは、デザイナーである筆者らと、縄文の専門家である函館市縄文文化交流センターの学芸員からなる。

  1. 作品の概要

 本作品は、函館市の縄文遺跡である「垣ノ島遺跡」と「大船遺跡」を世界遺産登録推進していることを函館市民にPRするためのバスラッピングのデザインである。ラッピングを施したバスは、縄文遺跡の所在地である函館市南茅部地区の函館市南茅部支所が管理・運用している「函館市南茅部支所 地域福祉バス」である。このバスは、南茅部地区の市民団体の移動や、地区内の小中学校の遠足や校外学習で使用されており、子供から年配の人まで幅広い年齢層が利用し、移動範囲も函館市周辺の地域にまでに及ぶ。

  1. デザインのポイント
    1. 縄文の世界へのインターフェイスとしてのグラフィック

 縄文遺跡の世界遺産登録推進を市民にPRしても、実際遺跡を訪れると公園のような広場があるだけで、遺跡の価値を理解してもらうことが難しいという問題に直面した。そこで単に縄文遺跡をPRするだけでなく、縄文遺跡や博物館を訪れた際に、縄文に対するイメージや理解を助けるグラフィックとすることにした。縄文ラッピングを施したバスに乗って遺跡に訪れた人が、バスラッピングのグラフィックを手掛かりに、縄文時代にどのような暮らしがされていたのかをイメージできるよう、縄文時代の暮らしの様子をイラストで描いた。

  1. 屏風・絵巻物の技法を応用

 バスラッピングというメディアの特性として、バスに乗り込む人、駐車中のバスを見る人、走行中のバスを見る人でそれぞれ、バスとの距離感が変わってくることがあげられる。そのため、遠くから全体を俯瞰した際にも、近づいてじっくりと観察する際にも効果的なブラフィックにする必要があった。また、函館市南茅部地区の縄文遺跡についてのグラフィックであるということがわかるデザインにする必要があった。そこで、松前屏風や江差屏風のような、ある土地で生活する人々の様子を俯瞰的な視点から描かれた屏風を参考にした。松前屏風や江差屏風は、遠くから全体を見渡すと、当時の松前や江差の様子がわかり、近くで細かく見ていくと、人々の服装や暮らし方などが見えてくる。バスラッピングのデザインにも、このような距離感によって見え方の変わる表現方法を取り入れた。

  1. デザインプロセスの記録と共有ツールの開発
    1. デザインプロセスの記録・共有の必要性

 新型コロナウイルスの影響で、縄文の専門家や函館市とのコミュニケーションは、ビデオ通話やメールといった非対面で行われた。ビデオ通話によるコミュニケーションで最も課題だったのが、資料の共有だった。ビデオ通話では基本、画面共有という形で資料の共有が行われるが、手元に資料が残らないので後で見返すことができないことや、発表者が操作するため、聞き手が見たいところをじっくりと見られないことなどが課題であった。

  1. デザインプロセスの記録と共有ツールの構成と制作意図

 3.1で述べた課題を解消するため、Web上にデザインプロセスの記録と共有ができるツールを開発した。Webアプリケーションにした理由は、専用のアプリケーションをインストールしなくても利用できる点や、様々な端末に対応できるという特徴を利用するためである。また、誰でもコーディング不要で記録の投稿ができるよう、WordPressの仕組みを利用した。議論やプロトタイプなど、各活動ごとにブログ形式で投稿できるようにし、画像やテキストを記録し、メンバー間で共有できるようなシステムを構築した。それぞれの投稿に対してコメントもできるようにし、メールよりも円滑なコミュニケーションが取れるようにした。このツールを取り入れることで、他のメンバーの活動内容や議論の様子が視覚化され、記録として残るようになった上、ミーティング以外の時間にも議論が進むようになった。

  1. デザインプロセス
    1. First Prototype
  • コンセプトは、“縄文遺跡の地中を切り取る”。4層の地層で縄文時代の各年代(早期〜後期)を表現している。各層には、函館周辺の遺跡から発掘された出土品を描き、函館周辺(遺跡周辺)の地中を表現している。このグラフィックを見た人が、出土品の多様性と作られた年代ごとの特徴や、先人たちの暮らしの痕跡が地中に眠っているのだということを再認識し、当時の生活に思いを馳せてもらいたいという想いがある。
  • 北海道・北東北の縄文遺産の中でも、特に函館の縄文遺産をPRするという目的がああるため、地層を表現する模様は函館の縄文遺産を代表する「中空土偶」からとることにした。中空土偶から模様をとってみると、呪術性が強く“怖い”印象を受けてしまった。そこで、土偶の模様をそのまま使うのではなく、模様のアウトラインをとり、均一な太さの線で表現する事で“怖さ”を軽減するよう工夫した。
  • 中空土偶から取り出した模様を積み重ねることで地層を表現する。函館で世界遺産に関係する遺跡は、垣ノ島遺跡と大船遺跡なので、この2つの遺跡を中心にアピールする。垣ノ島遺跡は縄文時代早期〜後期、大船遺跡は前期後半〜中期の遺跡であるため、地層は縄文時代早期・前期・中期・後期の4層で表現する。
  1. アイデアの転換と新たなコンセプト
  • LINEスタンプのMTGで、縄文の専門家さんたちと話したことで、バスラッピングのコンセプトを変更する必要があると感じた。これまでは“縄文遺跡の地中を切り取る”をコンセプトに、福祉バスのラッピングで、函館の地中に眠る縄文の痕跡に思いを巡らせてもらいたいという想いがあった。しかし、LINEスタンプについて専門家に意見を聞くと、イラストから縄文時代の人々の暮らしについて話が膨らみ、当時の様子を学ぶことができた。この経験から、バスラッピングのデザインも、縄文の人々の暮らしを想像するきっかけとなるものにしたいと思うようになった。
  • 以前おこなった函館市電のラッピングデザインで、函館水道のサイフォン構造を描くことで、一部の人に函館水道の仕組みについて考えてもらうきっかけとなった経験があり、今回のデザインでもこの時の経験を応用したい
  1. 表現手法の模索
  • 松前・江差屏風
  • 初三郎の鳥瞰図
  1. プロジェクションによる実寸検討
  • 実車に投影して実寸検討
  1. 考察
    1. 専門家の知を引き出すアプローチ
  • 対話の中で感じたことをデザイナーが表現し、専門家の意見を聞くということを繰り返す中で、専門家の暗黙知のようなものが引き出せる。専門家にとっては当たり前なことでも、一般の人にはない視点があり、縄文の面白さを理解するには、その視点が不可欠なのかもしれない。このことに専門家も気づいてもらえたのではないか。
  • デザイナーは表現の専門家という立場だが、縄文については学芸員が専門。縄文の面白さは学芸員の方がよく知っているはず。それをどうやって引き出すかがデザイナーに求められる技量。
  1. デザインプロセスの記録と共有ツールの効果
  • 他の人の進捗状況がいつでも確認できる
  • 資料を手元でいつでも見ることができる
  • コメント機能を使う事で、メールより気軽に議論ができる
  • ページごとに話題が分けられるため、過去のコメントを遡りやすい
  • 対話や議論の内容が残るため、途中参加者・欠席者にも対応可能
  • 記録の場から、情報共有の場、そして議論の場へと発展していった
  1. 今後の課題